藤本正行『信長の戦争 『信長公記』に見る戦国軍事学』(講談社学術文庫)

藤本正行氏については、鈴木真哉氏の著作に頻々と記名で引用されていたり、氏と共著で書かれた洋泉社偽書武功夜話』の研究」などでその意見についてはある程度知っていた。その氏の主張について、体系的に背景となった資料や考え方までをまとめて知ることのできる書。

まずは内容について、目次を抜き書きしてみよう。

序章 太田牛一と『信長公記
第1章 桶狭間合戦?迂回・奇襲作戦の虚実
第2章 美濃攻め?墨俣一夜城は実在したか
第3章 姉川合戦?誰が主力決戦を望んだのか
第4章 長嶋一揆攻め?合戦のルール
第5章 長篠合戦?鉄砲新戦術への挑戦
第6章 石山本願寺攻め?「鉄甲船」建造の舞台裏
終章 本能寺の変?謀叛への底流

このような、信長と言えばまず出てくるであろう事柄における、史実と虚構の別を示してくれる本である。

通常「信長公記」は一級資料とみなされているにも関わらず、素人が信長公記の文庫本を一読しただけで、織田信長の通説的な伝記類に記されていることとあまりにも異なることに戸惑うだろう。というか戸惑った(笑)。そのことを真っ当に取り扱い、現場やほかの資料等から「信長公記」は確かに正しく、それに対してどのような経緯でまちがった通説が生まれて言ったかといった部分にまで踏み込んで論述されている。

歴史は正しく理解せねば、そこから引き出した教訓もまた誤りとなる。桶狭間を奇襲と看做し、それを愛好した旧日本帝国軍の過ちを繰り返さないためにも、誤った信長伝説は改める必要がある。また、いったん藤本正行氏や鈴木真哉氏の説に触れると、通俗説に基づいた小説は、信長を美化しすぎていたり、合戦がいい加減すぎて、気恥ずかしくて読んでいられなくなる。

武功夜話に基づいて書かれた津本陽氏の信長に、それまでの信長観を修正させられた人も多いかと思うが(っていうか私のことなんだが)、そのような人にこそ読んでもらいたい本である。

それにしても「一級資料」よりも「小説本」に重点を置いた議論が許されるなんて、いい加減な学問分野だね(暴言)。

Data
文庫316 page/出版社:講談社/出版年月:2003年1月/ISBN:4-06-159578-4 信長の戦争 『信長公記』に見る戦国軍事学 (講談社学術文庫)
内容
織田信長は"軍事的天才"だったのか?桶狭間の奇襲戦、秀吉による墨俣一夜城築城、長篠合戦の鉄砲三千挺・三段撃ち。これまで常識とされてきたこれらの"史実"は、後世になって作られたものだった?。信長研究の基本にして最良の史料である『信長公記』の精読によって、信長神話と戦国合戦の虚像、それらを作りあげた意外な真実に迫る意欲作。