続・LNTモデル下で予防原則を適用すると被ばくゼロが適切なのか

id:tasoi さん
まず先の2エントリのタイトルを変えました。
5/28のタイトルは、「被曝を極力避けるべきなのが本来妥当」(5/15コメント*1)が論点であること、また個別の話ではなく体系という一般的な話として持ちかけられたと記憶しておりますので、それらを踏まえて当方が解釈した内容に基づいて付けました。
後出しで、かつ、コメント*2で異議をいただきながらも表現を改めていない理由は、本エントリ前半にあるとおりです。


さて、先のコメントに対しまして、以下返答いたします。

最初に2つほど,誤解をとかせてください。

>LNTならばゼロでなければならない
とは私は主張していません。

>自然放射線がゼロもしくは少なくとも万人に均一であることを
>(暗黙に?)前提とされているように見えます。
とも私は主張しておらず,前提していません。
意図しない追加被曝の量については,基本的にゼロであることを前提にしています。

「意図しない」と仰いますが、公衆被ばくに意図したものはないと思いますので、医療・職業被ばくを除くという程度の意味で解釈させて頂きます。

「追加被曝」と仰いますが、どこからを追加とお考えでしょうか。既にあるフォールアウトからの線量*3はベースラインでしょうか追加被曝なのでしょうか。タバコのポロニウムはどうでしょうか。魚介等に由来するポロニウムの経口摂取はつい最近日本人の自然放射線の値に「追加」された被ばく(0.64mSv*4)ですが、含めるべきでしょうか。

現在では喫煙に次ぐ肺がんのリスク要因とみなされるようになったラドン*5について、EPAラドン低減に関する消費者ガイド*6によれば、介入を判断する数値は149Bq/m3だそうです。これをシーベルトに換算すると*7、3.76mSv/年となります。これを越えたら追加被曝になるのでしょうか。それとも世界平均(1.2 mSv)を越えているのに対策をしてもらえない範囲から追加被曝としてリスクを考えるべきなのでしょうか。ここは日本ですから日本平均(0.46もしくは0.64*8mSv)で考えるべきでしょうか。

「意図しない追加被曝の量については,基本的にゼロであることを前提」との一文からは、「意図しない追加被曝」はゼロであるべしと考えておられると判断できますし、ゼロとする基準を定められるとの考えからは、自然放射線の変動のことを考えておられるとは判断できません。

書かれた文より,mobanamaさんの言われる内容を箇条書きに整理させてください。
 ・自然放射線レベルが既に平均2mSvあり,場所によっては5mSvなどといった高い場所もあるだろう。

「だろう」じゃなくて、あります。北米・北ヨーロッパ等では、屋内ラドンは対策の対象となっていますが、そのWHO *9 の参考レベルは100Bq/m3未満。上の計算*10を適用すると約2.5mSv未満。ただし、レベルが高くそれが実際的でない地域においては300Bq/m3未満とのことなので、その場合は上の計算で、約7.5mSvです。対策の必要が言われているのは、これを越えているからです。

高自然放射線地域の大地ガンマ線について、インドのケララ州カルナガパリ地区*11では、沿岸の村における屋外放射線レベルの中央値が年4mSv。実際の被ばく量推定でも、年間10mSvを越える人々が多く含まれています(疫学調査のもっとも年間線量が高い群で平均年間約14mSv)。

 ・その自然放射線によるリスクと比較すれば,追加被曝リスクはけして大きいものではなく,誤差である。

上が基本的に線量の話であるように、リスクの前にまず線量で考えたく思います。
さて、ここでの「追加被曝」とは何を想定しておられるのでしょうか。言うまでもなく治療における医療被ばくはとても大きな「追加被曝」です。また、「誤差」についても、何に対する何の誤差か明らかではありません。
「追加被曝」が線量限度内の被ばくとのことと、「誤差」が自身の自然放射線による被ばく量の推定の誤差の範囲に含まれるという意味に解釈すれば、自然放射線の平均値および変動幅を考えれば、線量限度の1mSv/年は、大枠としては妥当に思えます。さらに踏み込んだ判断については次の項目参照。

 ・よって,現状の規制レベルを大きく超えて追加被曝量を減らす対策は,妥当ではなく経済的にも見合わない。
…以上のように解釈しています。(よろしいでしょうか?)

まず、合理的に達成できる限り低く(ALARA)という最適化の原則は、費用対効果以上の物を求めており、私は特段それに反対するつもりはありません。しかし、それはゼロを目標とすること(「意図しない追加被曝の量については,基本的にゼロであることを前提」とすること)ではないと考えております。

公衆衛生上、放射線に起因する健康リスクの低減が何よりも優先する最重要課題となっているのであれば、低減方策を真剣に検討すべきでしょう。しかし現実の場で、何をどこまで低減することが妥当であると判断するかは、問題となっている線源の量や性質、社会的な背景に依存する話ですので、一様な価値判断を下せるものではありません。

まして、現存被ばく状況下で、他の社会的リソースを圧迫することで放射線以外の要因に起因する健康リスクが増加する可能性とのバランスを考えながら段階的に考えるべきところでまで、平常時の(もしくは平常時よりも厳しい)規制値を適用すること、さらには「ゼロを前提」とすることは、無益どころか有害である場合があると考えています。


例えば、カドミウムもバックグラウンドに存在し、かつ産業的にそのレベルがあげられた汚染物質です。細胞遺伝学的毒性の報告もあるようですし、さらに体内に蓄積する慢性毒との特徴から、主食であるコメに対する規制については、枠組み的に似ているように思います。このカドミウムに対しては、歴史的に、段階的に規制値を引き下げつつ、大規模なものも含めて様々な低減策がとられてきています。これと違える必要があるのでしょうか。また、これらのリスク要因をさておいてまで、放射線にだけ「基本的にゼロであることを前提」とした対策を求める必要があるのでしょうか。なまじ簡単に測定できちゃうが故のただの「えんがちょ」リスク評価になってないでしょうか。それが全体的な公共の福祉にかなうのでしょうか。

*1:http://d.hatena.ne.jp/mobanama/20140515#c1400197509

*2:http://d.hatena.ne.jp/mobanama/20140528#c1401464822

*3:「世界全体の核実験フォールアウトによる平均実効線量率は、1963年に自然バックグラウンドの約5%でピークとなり、それ以降自然バックグラウンドの約0.2%まで下がっています」http://c-navi.jaea.go.jp/ja/background/everyday-exposures-to-ionising-radiations/atmospheric-weapons-testing/radiation-doses.html から引用。自分の備忘も含めて。

*4:http://www1.s3.starcat.ne.jp/reslnote/NATURAL.pdf

*5:ただし、ラドンについては、100Bq/m3でもリスクが有意に上がるとする報告がありますが、一方で喫煙習慣の有無によってそのリスクが全く異なるとも報告されています。現行の規制におけるラドンのリスクは、喫煙者に対しては過小評価、非喫煙者に対しては過大評価とのことです。(http://www.jrias.or.jp/member/pdf/201205_SYUNINSYA_KAI.pdf

*6:http://www.niph.go.jp/soshiki/seikatsu/radon/epaguide.pdf

*7:この計算は、 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%B3#.E3.83.A9.E3.83.89.E3.83.B3.E6.BF.83.E5.BA.A6.E3.81.8B.E3.82.89.E8.A2.AB.E6.9B.9D.E7.B7.9A.E9.87.8F.E3.81.B8.E3.81.AE.E6.8F.9B.E7.AE.97 に従った。

*8:http://www1.s3.starcat.ne.jp/reslnote/NATURAL.pdf

*9:このくだりは完全にはソースに遡っていませんので参考程度に扱ってください。

*10:実際には換算係数とかも変更になっているかも。

*11:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19066487