「七瀬ふたたび」の思い出

その昔筒井康隆が「七瀬ふたたび」*1で、男は若い女性に会ったら取敢えず頭の中で裸にしてあれやこれや(詳細略)妄想してみるものだと言うような描写があった。


当時はエロエロな中学生だったが、あまりそのような想像はしたことがなく、大人になるとそういう風になるのかなあ、などと思ったことをかすかに覚えている。


で、現在。一応エロエロな大人になったんだが、んなこと殆どしたことないぞ。目の前にいる人であっても、特定の部位等に目が吸い寄せられることは(当然?)ある。だが他人と共にある場では、通常は性的な妄想レベルに達する前にストッパーがかかるし、改めて「ネタ」にすることもしない。


「男は」などという括りで、自分が全体を代表しているかのように騙って語るのはやめていただきたい *2ものだ、と今なら思う。




以上、『そんなすぐに飽きるもんなの? - セックスより完全なもの』の

男なら誰でも自分の知り合い女子をオカズにしてると思うんですがと言っておられるのですがそうなんでしょうか

という一節を読んで思いだしたこと。

*1:家族八景」時点でもその描写があったか?印象に残っているのは「ふたたび」の方なんだが。

*2:ぶくまで、この言葉が筒井康隆に向けてなのか、リンク先で言及されている方に向けてなのか、広くその手の人に向けてなのかとのコメントがついた(回答ぶくまをつけてたら元ぶくまが消されていたので私も消したが)。お答えするなら「広く」である。「男の代表だ!と思って」言ってるわけでもないんではないかとも書かれていたが、実際のところ、そういう確信を持って、例えば男であるならばかくあるべきだという信念に基いて語っている言葉であるならば姿勢としてはまだいい(「主義」者としては、よりたちが悪いともいえる)。往々にして無自覚に他者を盾にする言葉であるから、その手の言葉が発せられたときに「居合わせた」場合には、盾にされた者としては異議を唱えることにしている(まあ近年は極力『ky』にならないようには心がけているが)。結構いるんだよね、この手の、自分を集団に埋没させながら語る人って。自分もなるべくそうならないようにしたいものだ。