「空腹なキノコは放射線をむさぼる」のか?

アンテナに入れてチェックしているサイト「科学ニュースあらかると」さんに、「記事 : 空腹なキノコは放射線をむさぼる」という記事があった。


まずはその内容を、「科学ニュースあらかると」さんの記事から抜粋引用して示す。

「背に腹は代えられない」とは言いますが、ひもじくなった「fungi:菌類(キノコが身近ですね)」は、放射線を食べるそうです。

これは、植物が光合成の為に「可視光(これもつまりはradiationなのですが)」の一部を葉緑素によって捉え、それから成長の為のエネルギーを取り出しているのと同じ意味合いで、何種類かの菌類が「radiation(放射線)」をエネルギー源として使っている事が確認された、という凄い話なのです。

放射線を「食べる」というこのびっくりする様な性質は、炉心融合というきわめて危険な事故を起こし、周辺の広い領域に放射能汚染をもたらした「Chernobyl Atomic Energy Station(チェルノブイリ原発)」で、「black fungi(黒い色をした菌類)」が爆発的に増加した事によって見つかった様です。研究者達は、その種が「放射線」を成長の為に使用しているのかもしれないと考え、3種類の異なった菌類を「caesium-137(セシウム-13)」が放射する「beta-radiation (ベータ線)」*1に曝し、それらが実際により迅速に成長した事を確認しています。

それらの菌類で、植物が光を捉える為に使っている葉緑素の役割を果たしているのが、「melanin(メラニン)」と呼ばれる色素で、良く知られている様に人間の皮膚にも存在していて、日光に反応して皮膚が黒くなる日焼けを生じたり、シミそばかすといった色素斑を作り出して女性達を悩ませたりしています。研究者達によると、それらの菌類では放射線に曝されて色素が変形し、結果として新陳代謝能力が通常の4倍に高まっていたそうです。


さて、これについて少々疑問を感じたので、その原論文に当たってみた。メラニンの電子状態が云々という化け学関係の記述は正直理解できないので必要最小限にとどめ、主に生物系に絞って検討する。
Dadachova, E., et al., PLoS One 2(5): e457 (2007)
“Ionizing Radiation Changes the Electronic Properties of Melanin and Enhances the Growth of Melanized Fungi”


放射線の量について

まず第一に注意しなければいけない点として、電子伝達の速度を見る化学的な実験においては14Gy/minという極めて強い線量率で20〜40分間照射したメラニンを分析しているのに対し、生物影響を見ているのは、0.05mGy/hrという、極端に小さい*2線量率である*3。論文中では自然界の500から1000倍と書かれているので、強く感じるかもしれないが、実験的に見られるような生物の影響を考えたときには、非常に小さい。

菌類については詳しくないので、哺乳類の細胞程度の大きさのものをターゲットとした場合について、この量を考えてみる。0.05mGy/hrというのが、どのくらいの量であるかというと、1時間に1/20個以下の細胞が、一つの光子を受けるような放射線の量である。1時間の間に、細胞が20個いる中で、わずか1個の細胞だけが光子一個分のエネルギーを受けとるという量である。

細胞がエネルギーを取り込むには、さらにメラニン放射線のエネルギーを受け取って変換する効率も問題となる。その効率がどの程度のものかは知らないが、いくら菌類が少ない栄養条件でも生育できるといえども、エネルギー量としては非常に少ないのではなかろうか。


ちなみに、「科学ニュースあらかると」さんが翻訳を紹介しているnatureによる論文紹介の記述中には、

Dadachovaの研究チームは、放射線に曝された事によって菌類のメラニン分子が変形した事を発見しています。それによって、その分子は新陳代謝の化学反応を実行するのが、通常より4倍効率的になっていたのです。

とあるが、これは、14Gy/minの線量率で40分当てたときに、NADHの電子伝達反応の速度が4倍になったというものであり、決して0.05mGy/hrにおいて増殖刺激が見られた条件で、実際に代謝が4倍になっていたというようなものではない。原論文の要旨に書かれたものを取りまとめたものではあるが、あまり誠実な表現とはいえないだろう。

■生体影響を観察した実験について

次に、実際にそのような微弱なエネルギーを与えたときに、生体にどのような影響があったかを見てみよう。著者らは3種類の菌を用い、そのいずれにおいても、メラニンがある条件とない条件を比較し、メラニンがある条件で照射したときに、顕著な増殖促進効果が見られたとしている。

では、0.05mGy/hrという極めて低い線量率=エネルギー量を、どの程度の期間与えたときにそのような影響が顕著に現れたのであろうか。驚くなかれ、わずか20時間程度、哺乳類細胞の大きさのものであれば、ようやく全部の細胞に放射線を受けた程度の時間しかたたぬうちに、増殖量が場合によっては3倍になるほどの顕著な差が出たというのである(図6および8)。


また、このようなわずかなエネルギーの追加によって、増殖に差が出やすいのは、もともとの栄養条件が良いときであろうか、悪いときであろうか?私ならば、元々貧栄養であれば、+αの効果は出やすく、栄養条件が良いときには、それは出にくいのではないかと考える。結果は、貧栄養のときは増殖に極わずかな差しか見られない一方で、糖分を与えた時に顕著な増殖促進効果が見られている(図7)。

このような場合では、放射線の効果は「エネルギー源」ではなく、何らかの「刺激効果」であると考えるほうが妥当であるように思う。


では「エネルギー源」として以外に、放射線に生物の増殖を促進させる効果があるのだろうか。それが、そのような事例は多数あるのである。ぐぐると一杯出てくる中から、簡潔にまとめられた文章を一つ引用する(強調は引用者による)。

1.低線量放射線による生物影響
高線量放射線を照射すると細胞死、免疫抑制、細胞増殖抑制等が起こるが、低線量放射線(0.01-0.25Gy)では、免疫活性化、抗腫瘍効果、細胞増殖促進放射線適応など、高線量放射線と異なった現象が観察されている。

この低線量放射線による細胞増殖刺激効果については、著者らも考察の中でかろうじて言及だけはしているものの、あくまでもメラニンがなくても照射により若干の差異が見られることの説明として触れているのみで、根拠らしい根拠もなく、事実上切り捨てている。正直この姿勢はどうかと思う。

■まとめ

とはいえ、確かにカビが放射線源に向かって成長するような現象は観察されているようであり、その場合この「エネルギー源」という考え方は、非常に魅力的であるのは確かである。

また、いずれの実験でも、メラニンがあるときのほうが、メラニンがないときよりも増殖促進効果が顕著に大きいのは確かである。したがって、それが「エネルギー源」であれ「刺激効果」であれ、メラニンが何らかの役割を果たしているのは確かなのだろう。

しかし、それを「エネルギー源」であるとまで断定するには、まだまだ決定的なデータがあまりにも乏しいように思う。



・余談

ちなみにこの論文が投稿された雑誌は、「Open Access 2.0を標榜していたPublic Library of Scienceによる」電子ジャーナルであるらしい。ここは、ブログのようにコメントをつけたり、トラックバックできたりする、面白い電子ジャーナルサイトであるようだ。

・余談2

原論文の導入部において、過去に生物が受けてきた放射線関係の災いを述べている中に以下の記述がある。

Additionally, radiation from a putative passing star called Nemesis has been suggested as a cause of extinction events [13].

ネメシスって…。マジ?

Wikipediaの説明によれば、

公転周期が大きすぎるため、他恒星の重力の影響で存在できないことが判明している。

そうなんだが。正直に言えば、この辺りも眉に唾をつけて眺めたくなる一因である。


こんなものIntroductionに使うかなあ。

・余談3

ぶくまに「コスモクリーナー」的記述が散見されるが、「食べる」のは「放射」であって「放射放射性物質)」ではないのであった。

*1:ママ:セシウム137はγ線

*2:14Gy/minと比較して1680万分の1

*3:そのような低い線量率をどのように測定したのかについては一切言及なし。これまたあまり信頼性を高める行為ではない。照射条件としては、メソッド中に188Re/188Wアイソトープジェネレーターによる放射線場に置くとかいう記述があるのだが、188Reはβ線源、188Wはγ線源のようである(ちょっとぐぐって調べた程度であるので訂正希望)。どういう「照射」を行っているのか、正直わからない。本文図7のレジェンド中でも、ガンマ線を当てたときの生育を見ているという風な記述になっているのだが。