『一般ゴミ同然の扱いで放出される原子力発電「放射性廃棄物」の恐怖』(週刊ダイヤモンド 2007年10月6日号 16-17ページ Close Up)

原子炉の廃炉に伴う廃棄物の『クリアランス』に関して、『国民は知らぬ間に「被曝」し、放射能汚染にさらされるリスクに直面している』*1根拠無く恐怖心を煽る記事である。ちなみにオンラインでも全文が読める


何ゆえに「煽る」と断じているのか、が、本エントリのテーマである。



まずクリアランスとは何かを原子力安全・保安院から引用

「クリアランス制度」とは、原子力発電所の解体などで発生する資材等のうち、人の健康への影響が無視できるほど放射能レベルが極めて低いものは、普通の産業廃棄物として再利用、または処分することができるようにするための制度です。


では、どの程度の放射能であれば「無視できるほど極めて低い」としているかを、記事中の記述から探してみれば、以下のような記述がある。

現行のクリアランスレベルは、一般人が一年間に浴びる放射線の限度とされる1ミリシーベルトの100分の1、0.01ミリシーベルト以下となるよう設定されている。

…といわれてもピンと来る人のほうが少ないだろう。『放射能は分かりにく過ぎる』のである。そこで、まずは記事の中でそれをどのように評価しているかを拾ってみよう。



以下強調と番号は引用者がつけた。まず、

(1-a)クリアランスレベルのリスクとは、100万人に1人がガンや白血病で死亡するというものだが、「さまざまな経路からの被曝があるので、(1-b)実際にはこの10倍くらいになることもありうるという点は国も認めている」とヒバク反対キャンペーン事務局の建部暹氏は指摘する。

とし

放射性廃棄物スソ切り問題連絡会事務局の末田一秀氏をはじめ、いくつもの市民団体が「これまで厳重に管理されてきた放射性廃棄物が通常の産廃となって再利用されれば、(2)身近な被曝が増える」として反対している。

更には

原子力資料情報室共同代表の西尾漠氏によれば、「こうした(3)低い線量の被曝では原爆などと違って劇的な被害こそ出ないが、免疫力低下に伴って、どんな病気にもかかりやすくなる。それが放射線の影響だと特定されることはまずない。したがって、人知れず放射能汚染の被害が広がる可能性がある」。

とまで述べている。



さて、ではこれらを順に検討してみよう。


まず(1)であるが、話が逆である。本来のクリアランスレベルが0.1ミリシーベルトで、それをその1/10で運用しているのが現行の規制なのだ。「原子力百科事典ATOMICA - 放射線防護の諸量」にあるように、

ICRP Publication 46によれば、年あたり10**−6以下のオーダーの年死亡確率は、人が行動を決める際のリスクとは見なしていない。このリスクレベルは0.1mSvのオーダーの年線量相当としている。(中略)一人の個人に対して、規制免除されたいくつかの行為からの被ばくが重なって起こることがありうるので、一つあたりの行為に対しては0.1mSv/年より一桁低い0.01mSv/年を規制免除の基礎にすることが適切とされた。

  • (1-a)に対しては、100万人に一人のリスクこそが0.1ミリシーベルトなのであり
  • (1-b)に対しては、10倍の安全係数をとった数値が、0.01ミリシーベルトなのである

これだけでも、記事のいい加減さ、「煽り」と断定した理由の一端がお分かりいただけるのではないだろうか*2




ではその年間0.1ミリシーベルト10倍の値の方である。念のため)だけ(2)『身近な被曝が増える』というのがどの程度のものなのか、見てみよう。

ここに引用した図*3は、日本の宇宙・大地・食物摂取から受ける自然放射線量の分布である。ご覧の通り、関東・東北・南九州は、低い値を示している。これは、主として大地が粘土質か岩盤質であるかによるものであるという。関東ローム層などの粘土質の表土を持つ地域では、岩盤から出る放射線が遮られるために、低い値を示すという。


定量的にどの程度の差異があるかとみてみれば、例えば東京の年間0.91ミリシーベルトに対し、大阪では1.08。東京と大阪で年間0.1ミリシーベルト以上の差異があるのである(0.1とは現在適用されているクリアランスレベルの10倍の値の方である。念のため)。


言い換えれば、その程度の「身近な被曝」を重大だと考えるなら、関西の人は、皆関東か東北か南九州に移住する必要があるのである。


真面目に心配する方がいるかもしれないので一応補足しておけば、「がんの統計 - がん研究振興財団」にあるpdfファイルを見ていただけば分かると思うが、特段上記に引用した図と相関するような「がん」があるわけでは無いのでご安心を。要は、この程度の被曝量の差がリスクとなるとするような根拠は無いのだ。



また、更に言えば、「航空機乗務員の宇宙放射線被曝の現状」にあるように、一回国際線航空機で成田から欧州に往復すると、約0.08ミリシーベルト被曝する。まるっと丸めれば約0.1ミリシーベルト10倍の値の方である。念のため)である。


0.1ミリシーベルト『身近な被曝が増える』のが嫌な人は、国際線で遠出しない方がいいと思うよ。



他にも、お隣で副長日誌さまが書かれているように、ラドンを考慮すると更に「楽しい」のだが、長く煩雑になりすぎるので割愛。




で、(3)である。あたかも、関西と関東の差異程度の被曝によって『免疫力低下』があるかのごときことを言っているわけだが、そのような科学的データがあるのなら示してほしい。ちなみに短期的な被曝に対してなら逆に免疫力亢進が見られるというデータなら知っている。



以上が、「煽り」記事と決め付けた所以である。




ついでに言えば、記事ではあたかも原発の廃棄物由来の製品が、われわれの「身近」に入り込むようなトーンで書いているが、最後の方にこっそりとこのようなことも書いている。

原発解体に伴う「放射性物質として扱う必要がない廃棄物」は、「国民の理解が得られるまで」は原子力関連施設でリサイクルされることになっている。東海原発についても同様で、正確にいえば当面は原子力関連施設外での再利用とはならない


まあどう評価するかはひとそれぞれだけど、私は不誠実だと思うよ。この記事を書いたジャーナリスト・井部正之って人。

*1:同記事冒頭のアオリより

*2:追記:100万分の一人というのがどの程度のリスクであるのかについては、ぷろどおむ氏の『低線量放射線によるリスクについて』が参考になります。

*3:他に私がぐぐって見つけた情報の中では「(pdf)日本における地表γ線の線量率分布 Journal of Geography 115 (1) 87-95 2006」もお勧めである。