蒼き狼と黄色い犬

finalvent氏の日記*1で、
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20060809/1155076238

狼祖伝説を持つのは、高車・丁零。だから、鉄勒・突厥

とあったのをみて、そもそもチュルクとモンゴルってそんな明確に別れてたっけ?と思って調べた中で見つかったサイトから備忘。

杜父魚文庫ブログ「獣祖神話と北アジア

(略)実は、もう一つの犬始祖伝説がある。ジンギス汗は、むしろ蒼き狼の血統ではなくて、黄色い犬の血統だという。

ジンギス汗はモンゴル族の中でボルジギン氏族に属していたが、この氏族に伝わったのは犬の始祖神話。蒼き狼のポルテ・チノから十二代目の子孫にドブン・メルゲンという人物がでる。妻のアラン・コアとの間に二人の男子を生んだが、ドブン・メルゲンの死後、もう一人の男の子が生まれている。この子は狼始祖を持つドブン・メルゲンの血を受け継いでいない。

アラン・コアは、男の子の父親は黄色い犬だといった*2。そして犬の子・ボドンチャルがボルジギン氏族の始祖となった。ジンギス汗は狼の血統ではなく、犬の血統だったことになる。腹心の功臣であるジュベ、フビライ、ジュルメ、スペエデイの四人も「狗(いぬ)」に比せられている。

(略)北アジア史は、古代モンゴル史でもあり、古代トルコ史でもある。獣祖神話を「モンゴル=犬」、「トルコ=狼」と区分けして考えてみたらどうであろう。

モンゴル民族の始祖神話には「彼らの始祖は犬から生まれた」とか「木から生まれて犬に養われた」という犬祖神話が多い。ところが古代トルコ民族には狼祖神話が多いという特徴がある。

だが、同時に古代モンゴル人と古代トルコ人は、長い歴史の中で混血・同化してきている。代表的な例はバイカル湖周辺のブリヤート・モンゴル人だ。同化して混じりあった糸を解きほぐすには、獣祖神話の「モンゴル=犬」、「トルコ=狼」の区分けに戻ることではないか。

五世紀のはじめからモンゴル高原の北部に住み、アルタイ山脈の西方に「高車・丁零(こうしゃ・ていれい)」という古代トルコ民族がたてた遊牧国家があった。その始祖伝説は狼に関するものである。

匈奴(きょうど 紀元前209〜)の君主・単宇(ぜんう)に二人の娘がいた。容姿が極めて美しいので、天に嫁がせるため高台に四年置いたが、ある日老いた狼がやってきて、穴を掘って住みついた。姉は畜生を嫌って高台を去ったが、妹は狼の妻となり、子を産んで高車・丁零という国家を成した・・・狼始祖伝説。

匈奴がモンゴル種なのか、トルコ種なのか定説がない。だが高車・丁零の建国神話でみるかぎり匈奴も古代トルコ民族が多数を占める連合体だった可能性が強い。

高車のことを中国の史書は「高輪の車を使用する丁零族」と書いている、この言葉から背の高い丁零族が想像できる。漢人が驚く背の高い丁零こそは、最古の古代トルコ族といわれている。言語学者は「トルコ→テュルク→テイレイ」と読み解いている。高車丁零の後身に「鉄勒(てつろく)」という強大な国家が現れ、やがて突厥(とっけつ)国家が誕生する。「→テツロク→トッケツ」と読み解くと、ジンギス汗が現れる(十二世紀)前の北アジアは、狼始祖神話を持つ古代トルコ民族が強大な勢威をふるっていたことが想像できる。

突厥(とっけつ)は六世紀から頭角を現し、東は興安嶺から西はウズベキスタンのソグド地方に至る空前の地域を制圧、古代トルコ大帝国を建設した。しかも北アジア遊牧民族史上はじめて文字を用いて、オルホン碑文を残している。しかし、支配する領土が余りにも広大だったから、この遊牧帝国はアルタイ山脈を境として、東西の両帝国に分裂している。

突厥にも狼の始祖神話がある。鉄勒の末期に隣国と戦って、ただ一人生き残った十歳の男の子が、牝狼が住む洞窟に匿われ、それと交わった。やがて十人の男児が生まれ、その子孫が繁栄して突厥帝国を作ったというものである。この下りは「周書」や「隋書」、「北書」に出ている。

東西に分裂した突厥(582)は、西突厥が739年に滅び、東突厥も744年に滅亡。いずれも唐の太宗の時代である。十二世紀になってジンギス汗が現れるまでの北アジアは、群雄割拠の時代だったが、東の「金」と西の「西夏」が栄えている。女真族の国である金の始祖神話には、日本の羽衣伝説に似たものがある。

その昔、長白山の湖に三人の天女が舞い降り、水浴びをして遊んだ。その時、カササギが赤い実をくわえてきたのを、一番下の妹の天女だけが食べてしまった。妹は身ごもり、そのために再び天にかえることもできなくなった。

そして天女は赤子を生んだが、その子は、大変聡明で利発な子に成長し、やがて川を下っていって、人々を治めるようになった。それが、女真族の始祖プクリ・ヨンジュン

西夏チベット系タングート族が作った国だから、狼始祖神話も犬始祖神話も持っていない。草原を制圧した「古代トルコ民族=狼」の時代が終わり、十二世紀のジンギス汗が登場が迫っている。「狼=トルコ民族」から「犬=モンゴル民族」へ舞台役者が交代しようとしている。

以上0809朝記す(未来日記)。

「モンゴル」メモ
http://www10.ocn.ne.jp/~okamiya/tosuitaidan.html

*1:「トルコ(当時)」繋がりではないが、同氏の前日の日記の中で、「五代裕作がソープに行ったというのが今日もっとも強調されねばならない時代とあいなったので、義憤に感じ、この文章を記す。」とあったのに何か心中反応するものがないではないのだが、うまくまとまらぬ。

*2:ちなみに前回引用したサイトには、同じ件について「天窓から差し込んだ光に感じて産んだ」とあった。元朝秘史の記述としてはそちらだといっている風。どちらが正しい?もしくは黄色い犬ってのの出典はなんだ?