野村胡堂「時代小説英雄列伝 銭形平次」(中公eBooks)

捕物帳である。昔は正直バカにしていた分野である。当時は、歴史小説>時代小説(含む捕物帳)って感覚だった。しかし隆慶一朗以来時代小説というジャンルへの偏見が消え、さらにその後青空文庫で読んだ半七捕物帳をきっかけに、鬼平とか剣客商売に進んで、捕物への偏見もかなり無くなっていた。それでも、銭形平次についてはテレビから受けた印象が強く、そのため考証とかもいい加減であるような、要は通俗的なイメージを抱いてこれまで触れずに来ていた。

Sharp Space Townを覗いてて、傑作集+解説とあったので、それならば、と買ってみた一冊である。

作品を読むと、腕利きとある割にかなり犯人を故意に逃がしている。そして、その後に解説を読むと、野村胡堂は考証をガリガリやるのではなく、庶民的な感覚から見た社会の正義が実現される一種のユートピアを江戸に託して書いていたのだと言う。なるほど。

確かに作中の平次は「お上にもお慈悲はある」とは言わず、「おれからもお上にお慈悲を頼んでやる」という言い方をする。犯人側に犯罪に走るだけの理由があると見たら、平次の判断で犯人を許したりする。また真犯人をかばって自殺した老人を、全て事情を知った上であえてそのまま犯人として扱ったりもする。

若い頃の私であれば、考証を重視しないことをもっと重大視したかもしれない。しかし現在は、著者が確信犯であり*1、かつ物語世界としての完成度が高ければ、極端な逸脱による興醒めさえ感じられなければいいんではないかと思う。そして銭形平次は、そう思えるくらいには完成度が高い世界を示しているように思う。

ちなみに著者が確信犯であるということの証拠としては、平次はほぼ永遠に年を取らないと著者自身が明言してたりする。銭形平次の世界はサザエさんの世界なのである。

しかしそうやって一旦その通俗性も含めて評価しちゃうと、この作品群の中に投げ銭*2のシーンが無いのが、むしろ残念である。一回くらい入れておいてほしかったなあ。他の作品を買えってことか?

*1:ただの無知・不勉強としか思えない場合は、即座に最大限の罵倒とともに捨て去るが。

*2:水滸伝の没羽箭張清をモデルにしたのだとか。