『2007年11月24日朝日新聞14版 時時刻刻「原爆症認定の与党案 新基準どう線引き 残留放射線、焦点に」』
ネット上には上がっていないようだが、2007年11月24日朝日新聞14版 時時刻刻「原爆症認定の与党案 新基準どう線引き 残留放射線、焦点に」(金順姫、武田肇、石塚広志)は、朝日新聞らしい弱者を重視する部分と同時に、これまた朝日新聞らしい公平・公正を求める姿勢がみられる良記事であるように思う*1。
■1■ 問題の背景をざっとおさらい。
爆心地からの距離をもとに被爆者が浴びた放射線量を算定し、性別や年齢も加味して発病に影響した確率を計算。この確率が10%以上の人について事実上、機械的に認定している。
という形で行われてきた。
ここで問題となるのは、この方法では認定者が極めて少なく抑えられており、また(同記事より)
というもので、司法の場では既にこの基準が狭すぎるとして、昨年来「原爆症の認定申請を却下された人たちが処分取り消しを求めた」集団訴訟で国側が敗訴してきた。*2これを受けて、与党プロジェクトチームが見直し作業を進めているというのが今回の記事と、その解説の「時時刻刻」である。
■2■ 原爆症認定と被爆者との関係
時時刻刻の紙面では、図で原爆症認定者の少なさを示している。文字でそのエッセンスを拾い出すと、
となる。単純計算すれば、被爆者の中の1%未満の方しか認定を受けていないということが、図でわかりやすく示されている。
巷間よくみられるようなただの煽り記事ならば、上記のような比率だけを示して、いかに原爆症認定者が少ないのかを強調する流れになるのだが、腐っても朝日新聞である。この記事では個々の記述の下に説明をしっかりとつけてある。それを拾い出すと以下のようになる。
この体系を見ると、国は原爆被爆の事実の重さを認めたからこそ、被爆者には健康保健の自己負担を免除して毎年健康診断を無償で行い、特定の疾患が見られた場合には「健康管理手当」を支給し、その中でも特に放射線による起因性が大きい=被爆による被害が明らかに大きかった方には、原爆固有の症状=「原爆症」であるとして「医療特別手当」を支給している、と言えるのではないか。
あえてきつい形で言い換えれば、被爆者団体の求める一律の救済は、すでに「健康管理手当」という形で、もう導入されているではないか、と思えるのだ。*6
「国民の理解は得られない」というが、果たして国民はこのような国の行為を知っているのだろうか。ネットの言論を見ても、
をしているケースが多々あるように思われるのだが。
■3■ 集団訴訟では何を求めているか。何が問題か。
記事には「集団訴訟を先導する日本原水爆被害者団体協議会(被団協)」の意見が挙げられている。被団協が求めていることとしては、次のように書かれている(はてな記法に改変して引用)
だが、被団協*7が求める救済案は
- がんや白血病など9種類の病気を発症すれば自動的に認定
- その他は判決を踏まえて個別審査
一読して思ったのは、これは単に「健康管理手当」の名称(もしくは位置づけ)を変更して増額せよという要求ではなかろうか。であるならば、「被曝を認定する」がごとき誤解を煽る運動は不誠実なのではないか。
原因確率10%以下なら「原爆症」としては認定しないというのは、現在の科学的見地から求めた因果関係に対して、 10倍以上に枠を広げて因果関係を認めるのは過剰であるとの判断であろう。そう思えば、がんに関しては、日本人では3人に一人ががんに罹患するといわれる現状からは、厚生労働省の
放射線に起因した病気かどうかの判断が「科学的知見にもとづく」こと
を「重要視」して因果関係が強く認められる方に増額をするという「公正、公平」を求める姿勢の方に妥当性があるのではなかろうか。
そしてそこには「予算の問題もある」と朝日新聞は述べる。
予算の問題もある。難病対策などを担当する厚労省健康局の08年度予算は3340億円。被爆者対策は1511億円を占め、がん対策282億円などと比べて突出する。仮に認定者が10倍の2万人になれば、毎年200億円以上の増額だ。
恣意的な暴論と化すことは承知で、ここに書いてあることを、文章から受ける印象のままに言い換えるなら、全国民の「がん対策」を圧迫*8してでも、2000人の原爆症認定者を2万人に増やすのか、ということになろう。この論で被団協の主張する25万人の被爆者全体に現行の原爆症認定を行えという要求を解釈すれば、健康局予算は全て被爆者対策に使えという要求ということになる。
国が一切の補助を行っていないのなら、この主張もやむを得ざるところはあるだろうとは思う。だが、現状ではそれもまた一種の「暴論」ではあるまいか。対抗してあえて暴論を吐けば、そのためにただでさえ問題がいや増すばかりの医療費の枠の中から割くと言うのは、国民全体の保健の観点からはどうかと思う。
■4■ 最後に
原告の甲斐昭さん(80)は被爆直後の広島に入り、下痢や脱毛などの急性症状に苦しみ、リンパ腫の手術を13回も受けながら、認定を却下された憤りをあらわにした。「これが原爆の影響でなくて何だと言うのか。身体の変調はうそと言うのか。」
お気の毒だとは思うし、私は「はだしのゲン」などの入市被爆の話も読んできたので、初期放射線の評価だけでよいのかという疑問は常に感じている。だから、何とか救済してあげたいとは感じる。だが、「身体の変調はうそと言うのか」はあまりいただけない表現である。
こういう表現を読むと、その症状が原爆固有のものであるか否かというのは、医療の問題というより最早アイデンティティの問題となっているのではなかろうか。
であるならば、世界でも先進国中で最下位クラスの医療費であり、まさに医療崩壊が進行しつつある日本に暮らす身としては、別枠での解決をお願いしたいところだ。