西欧の首都とローマ帝国
塩野七生『ローマ人への20の質問』(文春新書)を読んでいて、以下のような記述を見かけた。
そして、ローマ人が都市化した地域は、ほとんどすべて現代でも大都市として生き残っている。西欧各国の首都の中で、ローマ時代とは無関係なのはスペインの マドリードのみ、としてもよいくらいです。(p. 30)
前半はともかく、後半の記述に若干の違和感を覚えたので、すこしぐぐって見た。
■西欧
まずは西欧の範囲である。
例によってWikipediaの『西ヨーロッパ』の項目をみてみる。
ゆえにNATOの枠外の民主主義国家であるフィンランド・スウェーデン・スイスや、独裁国家であったスペイン・ポルトガルも西ヨーロッパに含まれた。また、地理的には明らかにヨーロッパの西部には位置していないギリシャ・トルコも、NATOのメンバーであったということから西ヨーロッパに含まれることがあった
として、最終的に以下の国を挙げている。
このうち、アンドラ*1、サンマリノ*2、バチカン市国*3、マルタ*4、モナコ*5、リヒテンシュタインについては特に触れる必要は無いだろう。
■例外として挙げられているマドリードについて
まずは「ローマ時代に関係ある」から除外される条件を明らかにするために、塩野七生が具体例として挙げているスペインの首都マドリッドの成り立ちを見てみよう。
マドリードの地には、先史時代から人間が住んでいた。ローマ時代には、コンプルトゥム（現在のアルカラ・デ・エナレス）の司教管区に属していた。マドリードが最初に歴史の記録に残されたのは、9世紀に後ウマイヤ朝のムハンマド1世が現在の王宮の位置に、小さな宮殿の建設を命じたときである。
とあるので、単にローマ時代からの居住地であったというだけでは、「ローマ時代に関係ある」としてはいけないと判断してよかろう。
■検証
ということで、各国の首都を検討しよう。
イタリアの首都はローマであるので関係あるw。
イギリス（ロンディニウム(en)→ロンドン）、フランス（ルテチア(en)→パリ）、オーストリア（ウィンドボナ→ウィーン）あたりも、よく知られているところであろう。
スペインのお隣、ポルトガルについては、首都リスボンは『リスボンは古代からフェニキア人（カルタゴ人）などにより港として利用』『紀元前205年にローマの支配下に入り、オリピソの名』とあり、ローマと関係ありまくりである。
問題は残りである。
まずは第一次世界大戦前から「西欧」と見做されていたというベネルクス三国を見てみよう。
ルクセンブルクについては、まさに現在ルクセンブルクがある場所で二本のローマ街道が交差していたとのことであり、ローマの街道を守る要塞としての歴史が有る*6そうなので、これは「ローマ時代に関係ある」としてよいだろう。
ベルギーの首都ブリュッセルになると、これも695年ごろには既に記述有とのこと*7なので、確証はないかもしれないけれども、可能性ありということにしておこう、この際。
ところが問題はオランダである。首都アムステルダムについては、『アムステルダムは13世紀に漁村として築かれた。』とあり、ローマ時代とは関係してこない。実質的首都とされるハーグも13世紀の創建*8のようだ。
アイルランドの首都ダブリンについて言えば、現在の街は基本的にヴァイキングの街である。歴史(en)を遡っても、居住の歴史は古いが、ローマ帝国とは関係して来る感じではない（キリスト教化については歴史が古いので、もう少し関係してくるかと思っていただけに、ちょっと意外）。
このうちオランダは国土自体の歴史の浅い国wだから無理やり無視することにし、アイルランドもローマ帝国外ということで無視するにしても、まだローマ帝国の初期からその属領に含まれていたスイスと、大国ドイツが残っている。
スイスには、確かにローマ時代に遡る古い都市が多い。ローザンヌ*9、バーゼル*10、ジュネーブ*11、チューリッヒ*12と、軒並みローマ帝国と関係有りまくりである。
ところが、肝心の首都とされているベルン*13については、12世紀末の創建であるようだ*14。
そして、ドイツである。これもボン*15、ケルン*16など、ローマ時代からの古都として有名な街が多いのであるが、肝心の首都ベルリンは完璧にローマ帝国の範囲外、ゲルマンの領域*17。『ベルリンという名称が歴史的文書で最も古く遡れるのが1244年である。1448年にはブランデンブルク辺境伯がブランデンブルクからベルリンに宮殿を移した。』という都市である。
■結論
少なくとも
西欧各国の首都の中で、ローマ時代とは無関係なのはスペインのマドリードのみ、としてもよいくらいです。(強調引用者）
は『間違い』ではあるまいか。*18
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*1:首都である『アンドラ・ラ・ベリャの創始は不詳だが、紀元前から人が住んでいた跡』とのことだが、これをもってローマ時代と関係あるとするならば、マドリッドもローマ時代からとなってしまう。
*2:4世紀に『ローマ帝国皇帝ディオクレティアヌスによるキリスト教迫害を逃れるために、仲間と共にチタン山（現サンマリノのティターノ山）に潜伏』、『951年 - 文献上に初めて』と記述がある。平家落ち武者伝説のような国だなあ。
*3:ローマの一部だしw
*4:マルタ自体はローマ時代からだが、首都バレッタについては、『16世紀にマルタ騎士団がオスマン帝国の来襲を退けた後、再度の来襲に備えてこの地に堅固な要塞都市を築』く、とある。
*5:これは一応ローマ時代以前から記述があるという範疇に入るようだ。⇒歴史(en)
*6:英語版の記事に『In the Roman era, a fortified tower guarded the crossing of two Roman roads that met at the site of Luxembourg city』とある。
*7:英語版の記事に『Mention was already made of Brussels around 695: Bishop Saint-Gery of Cambrai settled a chapel on a small island』とある。
*8:英語版に『The Hague was founded in 1248 by William II, Count of Holland and Rex Romanorum, who was supposed to become Holy Roman Emperor.』とある。他にロッテルダムも13世紀の集落起源とのこと。
*9:英語版『The Romans built a military camp, which they called Lousanna, at the site of a Celtic settlement, near the lake where currently are Vidy and Ouchy』
*10:英語版『During the days of the Roman Empire, in 44 BC, the settlement of Augusta Raurica was founded 10 or 20 kilometres upstream of present Basel, and a castle was built on the hill overlooking the river where the Basel M醇・ster now stands』
*11:英語版『Geneva (Genava of Geneva, also Janua and Genua), capital of the Swiss canton of the same name situated where the Rh醇sne issues from the Lake of Geneva (Lacus Lemanus), first appears in history as a border town, fortified against the Celto-Germanic Helvetii, which the Romans took in 120 B.C.』
*12:『ローマ帝国時代のローマ軍の駐屯地、トゥリクムがチューリッヒの原形になっている。』
*13:『スイス連邦の首都／ベルン州の州都／チューリッヒ、バーゼル、ジュネーヴに次ぐ4番目の規模の都市』
*14:英語版『Duke Berthold V of Z醇Bhringen founded the city on the River Aare in 1191 and allegedly named it after a bear (B醇Br in German) he had killed』
*15:元西ドイツ首都。『前1世紀になるとローマ帝国の駐屯地となった。』
*16:『ローマ帝国によってローマ植民市として建設されたライン川中流の古市』
*17:英語版の歴史『What is now Berlin, in ancient times was well outside the frontiers of the Roman Empire. Germanic tribes then inhabited the region.』
*18:西欧をローマ帝国範囲と強弁するにしても、ベルンの件は譲れないところだし、また、いわゆる西欧ではないが、ルーマニアについても、首都ブカレスト(en)は新しかったりする。『By European standards, Bucharest is not an old city, its existence first being referred to by scholars as late as 1459.』
