石原孝哉『幽霊のいる英国史』集英社新書

巻頭に本書中に出てくる地名の位置関係を示した地図が載っているのだが、この手の新書の地図はそのサイズの関係か、主な地名があるだけで、文中の具体的な地名がろくすっぽ出ていなかったりするのだが、この本では非常に充実しているので読みやすい。

通史ではない列伝なので、大まかな通史がわかっていると、かなり楽しめるのではないかと思われる。もちろん、あまり通史に通じていなくても楽しめないわけではないが。

全体的に面白いので、特筆して抜き出すのもかえって難しいのだが、カバー裏の紹介文と、エピソードを一つだけ引用。


カバー裏の紹介

『幽霊付き「出る」となれば、その不動産の価値まで上がるという、怖いもの好き、古いもの好きの英国人。英雄、裏切り者入り乱れ、権謀、スキャンダル渦巻く長い英国史には、ところどころに目印のように幽霊(ゴースト)が立っている。一見おどろおどろしいそれらは、しかしよく見れば、声をあげない民衆の目に映った、別の姿の歴史を指し示している。そうした伝承の歴史に目を凝らし、今も残るゴースト伝説の地を訪ね歩いた、ユニークな読物・英国史。』

三 聖者となった荒法師、トマス・ア・ベケット
p. 137

ベケットの神話は死の直後から始まった。ベケットが殺された夜、近くに住む男がベケットの血を布切れに浸して家に持ち帰り、手足のしびれた妻の体に塗ると*1、たちまちしびれがとれたという。ピーターバラのベネディクトの記録によれば、殺害された後しばらくの間、ベケットの死体は床の上に安置されていた。そこに事件を聞いた近所の者が集まり、先を争って「血を自分の目に塗りつけたり」「器を持ってきてできる限り血を入れたり」「僧衣を切り取ってそれを血に浸したり」した。なかにはそれをすぐに売り飛ばす不埒者すらいた。やがてヨーロッパ中から巡礼が殺到すると、かれらには「カンタベリー・ウォーター」というベケットの血を一滴たらした水が分け与えられたが、あまりの需要の多さに水は絶えず薄められつづけたという*2。』

幽霊のいる英国史 (集英社新書)

幽霊のいる英国史 (集英社新書)

*1:塗るなよ

*2:ホメオパシーの始まりである。うそ。