WATARIDORI

渡り鳥の追跡をメインにして、世界各地のいろいろな種類の鳥の姿をおさめた映画。まずヨーロッパの小川から鴨が飛び立ち、渡りをはじめるところから映画が始まる。その中で、飛び立つときに網を足に引っ掛けた一羽の鴨の姿が。


その後、渡りを追う一方で、いろいろな鳥たちに視点を移しつつ、採食行動の姿、さまざまなスタイルでの求愛の姿、雛とそれを世話する親の姿、そして力強く羽ばたく鳥たちの姿がいきいきと描かれる。そして自然の厳しさ。人に撃たれる鳥たち。渡りの途中で羽が折れて降り立った浜辺で迫りくるカニから必死で逃げる小鳥。重油に足を取られ飛び立てなくなってしまう鳥。一羽のトウゾクカモメ?から親たちが雛を守ろうと威嚇している、その脇から別のトウゾクカモメにさらわれてしまうキング(?)ペンギンの雛。どれも心が痛むが、これが鳥たちを取り巻く現実の姿なのだ。しかし、最後に初めの鴨たちが元の小川に帰ってくる。その中には足に網のかけらをくっつけたままの一羽の姿もちゃんとあるのだった。



雑誌プレミア日本版の6月号に載っていた監督のインタビューによると、これはドキュメンタリーではなく映画なのだそうだ。だから、カニのシーンでは、最後にたくさんのカニが折り重なるようにしてむさぼり食べているのは鳥ではなく、スタッフが置いた魚だそうだし、重油に足を取られた鳥のシーンは、実際には重油ではないし、その後ちゃんとスタッフが鳥を洗ってあげたのだと言う。


自然では食べられる側が食べられてあげることも、生態系を成り立たせるために必要なことであることは分かるが、人に近い生き物の痛ましい姿は辛いものがある。鳥が魚を食べるシーンにはそのようなことを思わないのに、鳥が食べられるシーンにだけそのようなことを言うのは、ある意味不公平だし、目にしたその場だけに、一方的に介入するのは偽善的であり公正とは言えないだろう。でも、ドキュメンタリーとしてあるがままをとろうと、いっさい手を下さないことよりも、その姿勢の方に共感を覚えたりもした。



ただ、えんえん鳥が飛んでいるシーンが続いたりするのは、ちょっと時々意識が飛ぶんだよねー(^^;。