疫学に対する無知

具体的に「平山」データに対する批判を述べているところにさしかかったのだが、いやはや。これはひどい


(5)データに信頼区間があるということを理解していない。
疫学データなんて普通信頼区間が結構広かったりするものなのに、その代表値を直接比べるだけで、ものを言っている(p45辺りなど)。データの信頼区間くらい確認しろよ。



(6)疫学データの取り方を理解せず、動物実験などと比較して厳密さが足りないと文句をつけている。
もうね、阿呆かと馬鹿かと。肺がんには扁平上皮癌と腺癌とあるのに分けていないから「平山は肺ガンという病気についてそもそも無知」(p51)だと?そんな死亡データが潤沢に均一にあるんか?あるんなら撤回するが、普通ないから、疫学のヒトは苦労するんだろ?



(7)がんというのがどういう病気か本当に理解しているのか?
p46では「そもそも寄与危険度という言葉は、タバコとガンの関係以外には使われない」とし、「飛行機事故における飛行機利用の危険寄与度は100パーセント」なる訳の分からない比較をだし、「つまり、危険寄与度が100パーセントではないということは、むしろタバコ以外にも原因があるということであり、直接の原因ではないということを示しているのである」としている。

  • がんの多段階説って知っているか?
  • がんの疫学を見ていれば、危険因子の寄与率なんて普通に使われているが、医者のくせに知らんのか?
  • 原爆症認定の原因確率ってのも寄与率なんだが、原爆症ってタバコ限定だったのか?


笑えるのは、コッホの四原則を引き合いに出し、「これらを満たせば、誰もがタバコが肺ガンの原因だと納得するだろう」(p62)として上げているものである。事実上、繰り返しにもなるんだが、一応触れておこう。

一 肺ガンの全ての患者がタバコを吸うこと。
二 タバコを吸わない人に肺ガンは起こらないこと。
三 動物実験で、喫煙者と同等の条件下で再現性をもってタバコで肺ガンをつくれること。

被爆者の方々の前で、この理屈をあげて、原爆放射線はいかなる線量であれこの条件を満たさないから、原因確率(寄与率)の如何に関わらず「原因」とは言えないと言ってご覧*1。自分の主張がいかに極論に走っておかしなことを言っているのか良くわかるだろう。



(8)交絡因子の考慮無しの疫学なんてなかろう?
平山データにその考慮が一切ないのなら、ある程度非難の余地はあろうが、動物実験の二重盲検を引き合いに出して、「統計学のルールを無視した研究」(p55)という、著者こそが疫学の無知を曝しているようにしか見えぬ。



(9)「「ヘビースモーカーの肺は真っ黒」はウソ」(p65)とあるが、細胞の交替、気管支の繊毛細胞による異物排除、肺胞での食細胞の挙動等から、機構面からはそれをウソと考える余地があるとする理屈はわかった。で、実証的にいかでウソであるかを示す具体例が挙がるのかと思ったら、それだけ。機構面からあり得ないと言うだけなら、何でも言えるよな。*2



本気で「反論」をするのであれば、キチンと再読段階で筋だった反論をまとめるべきなのだろうが、とてもそのようなレベルの本でもない。あー、「医者」で「研究者」だという「自己申告」に騙された。酒を飲みながら怪気炎をあげているようなレベルなんだもんなあ。


この著者の担当分の最後は、だから分煙だ!となっているんだが、それまでの展開が酷すぎるだけに、この人のいう分煙なんて当てにならんとしか思えぬよ。そもそも新幹線でも自分は禁煙席に席をとって、煙草が吸いたくなると喫煙車両に行って吸ってくるなんて事を堂々という人だもんな。

*1:たしか、現在の国の原爆症認定は、原因確率が10%以上でないと認定しないと言うのだったような。それでも、3kmだか以遠の人は、それ未満になってしまうので問題視されているんではなかったか。あやふやな言い方で恐縮ではあるのだが、仮に少々の誤差があろうとも、100%でなければ価値がないと思っている名取春彦博士にしてみれば、実にトリビアルな原因確率といえよう。

*2:飛行機が原理的に飛び得ないとする物理学的説明をすることが可能であるとか聞いたことがある。

タバコ有害論無根拠説

タバコ有害論に異議あり! (洋泉社新書y)

タバコ有害論に異議あり! (洋泉社新書y)

「タバコ有害論に異議あり!」とする本を見つけた。まーたソの類の本だろうと思ってスルーしようかとしつつも、つい手に取った。名取春彦という人が、医学系研究者として名前を連ねており、もしかして、なんかを見直すタネになるかと買ってみた。


読み始めたばかりなんだが、だめだこりゃ。とりあえず

  • 言われているタバコの害がなんに対する害なのか理解しないで擁護している
  • 疫学を理解していない

まいったなあ。変なの買っちゃったなあ。


とりあえず愚痴。もし読みきって、なにか追加して言及する気になったら追加する。

ちょっとだけ例示

(1)タバコの効用として挙げている例中に、「痴呆症の予防になる可能性大」(p25)としている部分がある。

嫌煙運動の勢いに負けて最近では聞かれなくなった

としているがちょっと待って欲しい。


2000年に英国Sir Richard Dollらによって、British Medical Journalにすでにこのような論文が出ているではないか。

BMJ. 2000 Apr 22;320(7242):1097-102."Smoking and dementia in male British doctors: prospective study." Doll R, Peto R, Boreham J, Sutherland I.

内容は、Tsubono Reportの「喫煙で、痴呆のリスクは下がらない」参照。なんでこういうきちんとした報告を無視して、嫌煙運動によって作り出された雰囲気であるかのように矮小化する?



(2)で、そもそもこの効用、「タバコは百害あって一利なし」という主張に対抗して書いている(p16〜)のだが、どうも頓珍漢。リストとしてあげてみれば、

  • 覚醒作用
  • リラックス作用
  • 発想の転換を促す
  • 気付け作用
  • 痴呆症の予防になる可能性大
  • 喫煙所は自由人たちの社交場

「百害」として想定している健康リスク(がんとか血管系疾患とか?の寿命に影響を与える疾患)とはあさっての方向に着目した主張であることは一目瞭然であろう。



(3)あと、この人に限らずこの手の人たち、どうも「平山データ」を挙げてそれを否定してるのが目立つんだが、なんで世界的レベルの先駆者であるSir Richard Dollを無視する?



(4)んでもって、(p.33-34)

平山雄という研究者は(略)発表のほとんどは学会やシンポジウムである。その発表の直前には、マスコミを呼んで前もって発表内容を伝えている。発表の当日にすでにテレビや新聞などで紹介されていたのでは、あたかも研究の評価が定まったかのように錯覚し、発表会場で疑問点や問題点を指摘できなくなる。このようなやり方は明らかにルール違反だし、(以下略)

別にルール違反でも何でもないんじゃないのかなあ。普通にやられていないかい?知っている限りでも、たとえば大きいところでは、チェルノブイリ疫学調査の発表においても、会議の前にPress Releaseがあったはずだよ。んでもって、だからって「発表会場で疑問点や問題点を指摘できなくなる」ってほうが錯覚じゃないの?みんな報道に接した分、問題があると感じれば、ますます指摘に回って、質疑応答が延々伸びちゃったりするぞ、普通。ついでに疫学は金と時間がかかるから、論文より学会などの発表が多くなるのはしょうがないんじゃないかなあ。まあ実態を知らないので、非難されるべき状態であるのか、そうではないのかまではわからないけど。


とりあえず読んだ所まで。